遠くて近いひかり
金の髪を揺らして少女が丁寧に礼をとる。王族に対して行う礼として何一つ間違いのない完璧なものだった。
少女の隣で立つ元騎士団長であるランスがゆるく微笑む。元、と言ってもかつての威厳が抜けきらない雰囲気がある。
「我が娘でマリアージュと申します。どうかマリアとお呼び下さい」
「――マリア?」
「はい」
同じ年頃の少年の問いかけにマリアは顔を下げたままで答える。
ランスは確かに許しがあるまで顔は上げないと教えたが、自身も含めて三人しかいない上に完全に私用で会っていても解かないとはな、と苦い笑いを浮かべる。お堅く育てすぎたかもしれない。
「……おれと遊んでくれるって本当?」
「えっ」
ぱ、と弾かれたようにマリアが顔を上げてランスを見る。
「とうさま!」
「二人とも同じ年頃の『友達』が少ないんじゃないかと思ってな」
わっはっは、と豪快に笑うランスにぐしゃぐしゃと髪を掻き回される二人の子供。少年はそれを心地よさそうに受け止め、少女は目をぱちりと見開いて立ち尽くした。
「ついでに二人まとめて剣の稽古もつけてやるさ」
その言葉には二人ともそれぞれ瞳を輝かせた。そして少年がマリアにびし、と指を突きつける。
「負けないからな!」
「わ、わたしだって!」
自信満々に宣言されたのが気に入らなかったのだろう。マリアも拳を握りしめて負けじと言い返した。
***
ひやりとした頬の温度にゆっくり瞳を開いた。見慣れた、石造りの鍛練場。
「懐かしい夢……」
小さく吐いた言葉が周りの静寂に吸い込まれて消える。傍らには練習用にと刃を潰した剣が落ち、石畳には金色の長い髪が大きく広がっていた。
――たしか、と思いを巡らす。結っていた髪が寝るのに邪魔だから解いた、はずだ。そしてぼんやりとしていたら石の冷たさが気持ちよくてついうとうと始めた。そこまで思い出したところでふいに訪れた足音によって思考が中断された。
開け放しだった扉を眺めていると、ひどく心配した表情の青年が一人、駆け込んできた。彼は乱れた紫紺の髪はそのままで叫びにも近い声をあげる。
「ままままマリアッ!」
「ユーイ? どうしたの、慌てて」
呼ばれた彼女は身体を起こして青年に近づく。
「……マリアが鍛練場で倒れてるって聞いたから……なんとも、ないのかよ……」
重傷どころか傷一つないマリア見て力が抜け、その場に座り込んだ。くそっ、と小さくユーイが悪態をついた。
「ごめんなさい。ちょっと寝てたの」
「こんなとこで寝るな」
貴重な寝顔をそう見せるもんじゃない、と言いたいのを押しとどめる。
「……うんそうね、少し固かったかも。でも冷たくて気持ち良いの知らない?」
「そういうことじゃなくってさ」
まるで噛み合わない会話に溜息を落とす。
じゃあどういうこと?とマリアがユーイの顔を覗き込む。
前に見つけた彼女の小さな変化。きっと本人も自覚していない。マリアはユーイと話すときだけ表情が柔らかくなる。おそらく子供の頃からの付き合いのせいなんだろうな、と縮まらない難しい距離を嬉しくも悔しく思う。
他の奴より勝っている、という子供じみた優越感。それだけが唯一の救いだ。
「なんでもないっ!いいから!とにかく!寝るなら部屋で寝ろ!」
「それはユイジーン殿下として?それとも幼なじみのユーイとして?」
返ってくる答えはいつもと同じだろうけど、と胸中で付け足しながらくすくす笑ってマリアが訊ねた。昔からユーイの頼み事があるときは必ずと言っていいほど訊いてきたことだ。
「どっちもだ!……マリア」
「なあに?」
こいこい、とマリアを手招く。膝立ちで近寄った彼女の首にぎゅう、と腕を回した。
「心配した」
「……ごめんね、ユーイ」
耳元に寄せられた小さな低い響きにマリアが再度詫びた。忙しいはずなのにユーイはマリアのために飛んできてくれた。それは勿体ないくらいに幸せなことだ。
走ってきてせいで乱れた紫紺の髪に何度か手櫛を入れて整える。終わったよ、と頭を叩いて示すとユーイが身体を離した。
「……髪伸びたな。下ろしてるところ久しぶりに見た気がする」
解かれた長い髪が彼の目にとまる。何気なくいくつかの束を掴み、えい、と引っ張った。
「お互いあまり会えないもの」
ぐいぐい。
「そうだなー」
ぐいぐいぐいぐい。
「もう、いつまで引っ張ってるの!」
離しなさい、と手を叩かれたので、口付けをひとつ落としてから淡い金の髪を離す。その行為も慣れたのか、今ではもう何の反応もされないのが泣きたいところだ。月の光が落ちるように指先から零れる長髪が名残惜しいのも今に始まったことではない。
「失礼致しました。じゃあ久しぶりに会えた記念にお一つ手合わせ願おうか」
にやり、と口角を上げる。それを聞いたマリアの翠の瞳が輝いた。
「ええ、喜んで」
*****
「そういえばこの間父さまに『殿下との仲はどうなんだ』って聞かれたの」
「……それで?」
「『ええ、仲良しよ』て答えたら『可哀相に』と涙ぐみながらお酒飲んでたわ」
「…………」
「あ、隙あり。やった!またわたしの勝ちね!」
「今のは卑怯だ!」
「父さまの話したこと?」
「だからそうじゃないっ!くっそ、もう一勝負だ!」